源頼朝-武家政治の創始者 (中公新書)
本, 元木 泰雄
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源頼朝-武家政治の創始者 (中公新書)本無料ダウンロード - 内容紹介 流人の挙兵はなぜ成功し、鎌倉幕府はいかなる成立過程を辿ったのか。幾多の苦難を経て、武門における唯一の勝者となった波瀾の生涯。 内容(「BOOK」データベースより) 一一八〇年、源頼朝は平氏追討の兵を挙げた。平治の乱で清盛に敗れて、父義朝を失い、京から伊豆に流されて二十年が過ぎていた。苦難を経て仇敵平氏を滅ぼし、源氏一門内の対抗者たる義仲と義経を退け、最後の強敵平泉藤原氏を倒し、武門の頂点を極めた頼朝。流人の挙兵はなぜ成功し、鎌倉幕府はいかなる成立過程を辿ったのか。何度も死線をくぐり抜けた末に武士政権樹立を成し遂げ、五十三歳で急逝した波瀾の生涯。 商品の説明をすべて表示する
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武家政治の創始者である、源頼朝の新書本伝記である。296頁。全10章からなり、第一章系図と平治の乱、第二章流刑時代、第三章挙兵の成功、第四章義仲の活躍と頼朝との対立、第五章義経の活躍、第六章平氏滅亡、第七章義経との対立、第八章義経と奥州藤原氏滅亡、第九章頼朝上洛、第十章晩年。私的感想〇治承三年政変(清盛独裁)から鎌倉幕府初期までの政治史、戦史を、頼朝の生涯を通じて復習してみるには手ごろな本と思う。〇頼朝は、鎌倉にいたままで義仲、義経等に平氏を滅亡させ、鎌倉にいたままで義仲、義経、奥州藤原氏を滅亡させ、全てが終わったあとで、京に乗り込んでいって鎌倉幕府を成立させた冷酷無慈悲な武家政治家として、古来評判は悪いが、乱世を生き残っていく政治力、判断力は大勢の人の評価する所と思う。また、権力者による兄弟殺し、親族皆殺しは、世界史上よく見られることであり、それが政治、社会を安定させるという面はある。また、本書のあとがきにあるように「評伝を書くとその人物に対する思い入れがより深くなる」のもある程度理解できる。〇しかし、しかし、本書を読んでいると、どうしようもなく疲れてくるのである。なぜ疲れてくるかというと、頼朝が何をしても、著者から肯定的な評価を受けてしまうからである。肯定的評価は・・当然、そこまではしていない、相手の自滅・落ち度、責任を背負っている。やらねばやられる・・等いろいろだが、悪い、失敗という評価はされないのである。(挙兵後の頼朝の唯一の敗戦である石橋山合戦は、ろくに検討させずに半頁で終わっている)大姫の許嫁である義高の殺害が、大姫を生涯苦悩の底に落とし入れたとは書いている(140頁)が、そこまで予測できなかったで終わっている。〇しかし、まあ、一つ間違えば、殺されてしまう内乱に生き残ったのであるから、後から考えればすべて正しかったことになるのかもしれない。問題は第十章の晩年である。〇一般に頼朝の晩年の大姫入内工作の失敗は、頼朝の親心と贖罪感から生じた失政と考えられ、一般人は京貴族にしてやられる頼朝に、むしろ、人間らしい親(馬鹿)心として共感を覚えていると思う。しかし、本書は、そうではなく、娘の入内によって、自ら朝廷に強力なくさびを打ち込もうとしたと高度政治工作のように評価するのである。これではテレビドラマの「私失敗しません」ならぬ、「頼朝は失敗しません」ではないか。〇歴史学に説のどちらかが正しいかは、我々一般読者にはわからない。しかし、著者は頼朝は病死であったとし、慢性の病気を煩っていた可能性について書いている。それならば晩年の頼朝の判断能力は・・〇さらに驚くべきことに、著者は、頼朝死後の源氏将軍断絶も、承久の乱も、結局は後家である北条政子を支持した者が勝利をおさめたことから、亡き頼朝の権威が幕府を守ったとするのである。私的結論現代「頼朝教」の誕生である。
de 元木 泰雄
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